セルマーの新しい楽器、シュプレーム

今年の2月末、サクソフォンの有名メーカー、フランスのHenri Selmer社から新しいアルトサクソフォン、Supremeが発売されました。
セルマーのアルトサクソフォンの現行モデルは、最も息の長いシリーズ2(1986年)、シリーズ3(アルトは1999年)、リファレンス(アルトは2003年)、アクソス(2015年)という4つのモデルがありました。そこに5つ目のラインナップとして加わったのが、このシュプレーム。

私が初めてサックスを手にした20年ほど前のセルマーのラインナップは、シリーズ2とシリーズ3の2種類(そこにラッカーや銀メッキ、金メッキなどの様々な仕上げ)だけのラインナップでした。そう考えると、選択肢がとても広まったなあと感じます(でも当時、シリーズ2には日本向けのラッカーの彫刻無しモデルもあり、記憶が正しければ定価が27万5千円!さらにそこから割引きが入って、今に比べてとても安かった!私の最初の楽器です)。

セルマーのサクソフォンのラインナップで面白いのは、価格帯が違っても、必ずしもより高額な楽器が(演奏者一人一人にとっての)最も良い楽器とは限らないところ。暖かく深みのあるサウンドのシリーズ2、洗練された明るいサウンドのシリーズ3、ヴィンテージサックスの設計を再現し、ジャズシーンなどで人気の高いリファレンスと、それぞれのモデルが特徴的な個性を持っています(2015年に発表されたアクソスだけは他のものと異なり、高額なセルマーの廉価版という位置付けです)。

サクソフォンのメーカーは、フランスのセルマーの他には日本のヤマハとヤナギサワが特に有名ですが、ヤマハだとYAS-3桁(YAS-280、380、480)の型番がインドネシア製のスチューデントクラス、YAS-62がミドルクラス(昔のプロモデル)、カスタムシリーズがプロモデル(YAS-82Z、875、875EXの3種類)という位置付けです。ヤナギサワもWO-1桁(WO-1、2)のライトモデル(下位モデル)、WO-2桁(WO-10、20、37)のヘヴィーモデル(上位モデル)となっています。各クラスの中での楽器の特徴はありますが、日本のメーカーの楽器は全体的に、楽器のクラスが価格と一緒に区分けされています。
一方でフランスのセルマーの場合は普通モデル=上位モデルという位置付け。シュプレームも加えると、全5モデルの中、上位モデル(普通モデル)で4つの選択肢があることになります。必ずしも下位・安価なモデルが上位のモデルに劣るというわけではありませんが、楽器の上位・下位の区分が明確な日本メーカーと、曖昧なフランスメーカーという違いも面白いところだと感じています。

ただ、そんなフランスメーカーのラインナップに加わったシュプレーム。上位モデルの区分けが曖昧とは言っても、ラッカー仕上げで定価82万5千円という価格は、5つのラインナップの中では最も高額。さらに、ヤマハやヤナギサワの真鍮にラッカー仕上げのアルトサックスを含めても最高額で、価格としては間違いなく最上位機種です。加えて、Supremeという名前の意味は「至上」とか「最高」という意味。発売からしばらく時間が経ってしまいましたが、そんな楽器を先日、試奏しました。

見た目で興味深いのは、ベルがこれまでのものに比べて若干細身になっています。試奏すると低音の音程が驚くほど良いのですが(多くの楽器は、最低音のシ♭がとても高くなりやすい)、その辺の音程の良さは、こうした設計が関わっているのでしょうか。

また、ネックと本体の接合部分が洋白製になっており、しかもこの部分、本体と接着されているわけではなく、クルクル回ります。この洋白の部品をネジで絞めると、洋白の部品と接着されていない本体の内側が、ネックに均等に圧をかけて固定してくれる仕組みです。また、これまでのモデルに付いていたライヤー立て(ネックスクリューの反対側の穴とネジ)はありません。

他にも、見た目ではキーガードのデザインがこれまでのラインナップの楽器と形が異なり、スタイリッシュでお洒落な形になっています。また、彫刻のデザインが新しいのはもちろん、サムレスト、サムフックの周りにも彫刻が入っています。これらの彫刻はレーザー彫刻と手彫り両方が用いられて、豪華な彫刻になっているのだそう。
設計の部分では、開放のC♯の音程補正システムがシリーズ3同様に付いていますが、その補正用の音孔の位置をはじめ、パーツや機構などの設計が新しくなっているようです。
さらに、キーの配置(角度など)も大きく変わっています。私の使っているシリーズ3は、長年使って手に馴染んでいる上、キーの角度を調整してもらったり、テーブルキーなどにコルクを貼ったりして調整しているので単純比較できないものの、最初から手に馴染む感覚は素晴らしい!

さて、全体的には現代的でスタイリッシュな印象のシュプレーム。その見た目から重量は軽めなのかなと思いきや、持つと意外とずっしりきます。そして吹いてみた第一印象は、温かなサウンドと音程の良さ!音色についてはシリーズ3をはじめ、最近のセルマーが軽やかで華やかなサウンドだった一方、シュプレームは昔のシリーズ2やマーク6のような温もりと程よい抵抗感を感じました。この抵抗感は演奏時のコントロールのしやすさにもつながると思います。
そして特筆すべきはやはり音程の良いこと!先に書いたように、高くなりやすい低音のシ♭の音程はちょうど良い音程に改善され、全体的にも、音高によっての音程のバラツキが抑えられています。低音はもちろん、左手でオクターブキーを押さないソ・ラ・シ・ドあたりは普通低くなりやすいところですが、音程が心地よくはまりやすい。そして最大の改善点とされる開放のド♯。シリーズ3でも音程補正のシステムがついていましたが、その音孔の位置が再設計されたからか、シリーズ3以上に開放のド♯の音程がぶら下がりません。この辺の音程は、特に音程にシビアな演奏や仕事の時には結構なストレスを感じていたので、非常に魅力的です。こうしたところは、私が使っている、私の手に馴染んだシリーズ3よりも、間違いなく良く感じました。いいな…、欲しいな…。

また、これは好みですが、暖かなサウンドのシュプレームには、柔らかくもソリスティックなサウンドのドゥラングルモデルのマウスピースは相性がとても良く感じました(楽器購入時には、コンセプトが付属するとのこと)。

さて、そんな「至上」の楽器を試奏してみましたが、色々なメーカーやモデルのあるサクソフォン。それでも忘れてはいけないのは、演奏者がどんな音色を好み、どんな音楽を演奏したいかで、そのメーカーやモデルの選択肢は変わってくることです。また、セルマー、ヤマハ、ヤナギサワなどのしっかりしたメーカーの楽器ならば、音程の特徴に違いはあっても、正しい奏法でその特徴を掴んで正しく認識すれば、楽器によっては多少のコントロールの必要はあっても良い音程で演奏は可能です。

ラッカー仕上げのサクソフォンの中でも最も高額なシュプレーム、本当に素晴らしい楽器でした。ぜひ機会があれば試奏や、予算が許せば購入を検討してみて欲しいな、と思います。一方で、それ以外の楽器でもそれぞれの特徴を持った良い楽器がたくさんあります。そういう「絶対的にこれ!」というものがないからこそ、セルマーだけでも5つものラインナップ(さらにラッカーやスターリングシルバー、金メッキなどの仕上げの種類も含めれば数十種類!)の選択肢があり、シリーズ2に至っては30年以上のロングセラーモデルになっています。

私も、すでに10年ちょっと愛用しているシリーズ3(GP)を買い換える予定は今のところありません(でも、シュプレームの音程の良さには強く惹かれる)。でも、素晴らしい楽器の新しい選択肢が増えるのは、とても嬉しいことです。

もし、新しいサックスを手にしたいけれど、自分にあった楽器が分からない…という方は、ぜひ私にもご相談ください。

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