フェルナンド・デュクリュック(1896-1954):ソナタ 嬰ハ調

2016年6月に長野市芸術館で開催した私自身のソロリサイタル。そのリサイタルに併せて書いた各演奏曲目のプログラムノートで、特にフェルナンド・デュクリュック(Fernande Decruck,1896-1954)の《ソナタ 嬰ハ調》についての曲目解説は、手前味噌ながら日本であまり語られていない部分に触れることができたつもりです。限られたスペースのプログラムに掲載した内容のため、文字数としては長くはありませんが、転載します。


フランスに生まれ、やはりパリ音楽院に学んだ女流作曲家・オルガニストであるデュクリュックによって1943年に作曲されたこの作品も、マルセル・ミュールに捧げられた作品である。夫のモーリス・デュクリュックはニューヨーク・フィルハーモニックなどで活動していたサクソフォン奏者だったことも手伝って、彼女はサクソフォンのための独奏曲や四重奏曲などを数多く作曲している。その作風にはドビュッシーを思わせるような印象主義を感じることができる一方、この《ソナタ》の第1楽章には古典的なソナタ形式の構造を見出すことができるように、緻密な様式美も持ち合わせている。

第1楽章(Très modéré, expressif)では嬰ハ短調の短い序奏に続き、第1主題が同じ調性のまま現れる。一つの主題の中に、サクソフォンとピアノ、それぞれが異なった旋律を持ち合わせているのが面白い。続く第2主題では平行調であるホ長調に移り、美しい旋律がサクソフォンからピアノへと受け継がれる。この提示部を経て、展開部では新たな主題と提示部の2つの主題が混ざり合う。再現部では、短い第1主題の後、第2主題が嬰ハ長調で華やかに再現される。
第2楽章に付けられた副題「Noël」はクリスマスの意味。冒頭、サクソフォンが奏でる旋律は、15世紀後半のフランスのクリスマスキャロル《Noël Nouvelet》である。この冒頭の旋律を中心に、第2楽章は展開していく。
第3楽章の副題「Fileuse」は糸を紡ぐ女のこと。サクソフォンの6連符のパッセージから、その情景を思い浮かべることができるだろう。その素材が、ガブリエル・フォーレが作曲した音楽劇《ペリアスとメリザンド》の中で演奏される同名の作品と酷似していることも面白い。フォーレはデュクリュックがパリ音楽院で学んだ2年目(1920年)まで院長を務めており、当時のフランスの作曲家達への影響も非常に大きかったのだ。
第4楽章「Nocturn et Rondel」は前半のノクターン(夜想曲)を経て、変則的なロンド形式を用いたロンデルへと続く。ロンド形式の各セクションは繰り返される中で発展し、嬰ハ長調の輝かしいコーダ部で幕を閉じる。


以上が、2016年に書いたプログラムノート。プログラムノートなので1曲せいぜい800字程度に…と思いながら、この曲は900字を超えてしまったと記憶していますが、この文字数の中では、比較的上手くまとめられたと思っています。ちなみに、この解説の冒頭が「フランスに生まれ、やはりパリ音楽院に学んだ…」となっているのは、このリサイタルの1曲目がクロード・パスカルの《ソナチネ》で、その解説を受けてのもの。

そして、なぜこの4年以上前に書いた曲目解説を引っ張り出してきたかと言えば、第2楽章「Noël」で引用元のメロディーが、フランスのクリスマスキャロル《Noël Nouvelet》だということに触れている日本語の解説が、未だ見つけることができないためです。このソナタの4つの楽章の中で、美しくも譜面上は比較的容易に見える第2楽章ですが、こういう背景がこれからこの曲を聴く人、演奏する人たちの、イメージを膨らませる助けになったらと思います。

動画はフランスのクリスマスキャロルにも関わらず、イギリスの声楽アンサブルのキングズ・シンガーズ。私が最も好きな音楽団体の一つです。

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